シンデレラ|解説①
enomotoyoru
夜を歌う
僕はいじめられていた。
それを知っていてか、君は僕を屋上に呼び出した。
親に秘密で抜け出した真夜中の学校は深海のようで。
君は上履きを僕に投げつけて、静かに喋りだした。
「ここから先に進むことはきっと救いなんだよ」
笑い、黄色の飴をひとつ、僕のポケットに入れる。
そして大きな満月を背に、君は消えた。
遺された僕は、ただその場に力なく座ることしかできなかった。
後日の葬式に来たのは、担任とあの子の両親、そして僕だけだった。
大人たちは早々に話し込んで、あの子を見ようともしない。
僕はあのときの上履きをあの子の顔の横に置いた。
その瞬間、あの子は目を開いた。大きな器に蜂蜜を溜めた色。
思わず後ずさりすると、話し終えた大人たちが線香を灯しにきた。
震えている僕に「どうした?」と声をかけて、それからあの子を見て泣いていた。
僕はもう一度、ちゃんとあの子に左様ならを言わなくちゃ。
そんな偽善じみた考えに支配され、そっと棺桶を覗いた。
あの子の瞳は見えなかった。
代わりに添えられたリリーの花が、空調に煽られて揺れているだけである。
帰るとき、ポケットに入れたままだった飴を摘んだ。
少し溶けていてベタベタしていた。
口に含むと蜂蜜の味が広がる。
あの子のことをよく知っていたわけではない。むしろ殆ど知らない、ただのクラスメイトだった。
でも今なら思う。深海に沈んだあの子は、この甘さに耐えられなかったんだ。
僕は誰もいない夜道で少しだけ、泣いた。