解説

シンデレラ|解説①

enomotoyoru
シンデレラ|初音ミク

本文

昔、両親は僕が呪われているのだと理解するやいなや早々に森の深くへ僕を捨てたのだった。
周りの動物の助けだけではなく、見た目の呪いと共に魔法を授かっていた僕は人目につかないように成長することができた。
そして変身したり森を手入れすることで毎日を過ごしていた。

ところがある日、森の道で人間に出会った。
彼は慌てて逃げようとする僕に矢を突き立て、怒鳴ってきた。
「野獣め。お前が街を騒がせていたんだな?」
僕は森から出たこともない。何のことかわからず首を振り続けたが、彼はもう一本の矢を僕の胸に充てがう。
「ああ! なんて野蛮な輩だ。そうだ、この王子が貴様を殺してやろう」
僕は慌てて、ついこんなことを言った。
「お、お嫁さん!」
「ん?」
「お嫁さんを、さ、探してきます。貴方にぴったりな美しい少女を! だから見逃してもらえませんか」
僕が死ぬこと自体は怖くない。崖から落ちたときも何ともなかったから、呪われた僕はもしかしたら死ぬことができないのかもしれない。
でも森の仲間たちは? 僕が殺されたら次は彼らかもしれない。
そんなのは嫌だった。
「そのような醜く恐ろしい見た目では、街に下りることも叶わないだろう」
「僕は魔法が使えます。凛々しい魔法使いへと姿を変え。必ず貴方のお役に立ちます」
長考の末、王子は僕を赦した。そして彼の目の前で変身した僕は急いで街へ向かったのだった。

夕方になったが、彼が満足してくれるような少女はまだ見つけられなかった。
見た目が美しくても他者を口汚く罵る少女、声をかけた僕を不審者として手を上げる少女。
すっかり人間が怖くなってしまった僕は、そっと歩きながら―もう少し探して良い相手がいなければ森へ帰ろう。明日でもまだきっと大丈夫だ。—最後の人を探した。

街外れの帽子屋の前で丁寧にほうきを掃く少女を見かけた。
美しい金髪に、古くツギハギだらけのワンピース。顔にはそばかすがあり、美しいが、疲れ切っているようだった。
「……お嬢さん」
僕の言葉に、彼女はこちらの格好をちらりと見遣って言った。
「なあに、背の高いローブの人。こんな美しい夜に、見窄らしい女へ声をかけるなんて」
「いいや、そんなことはない。答えてくれてありがとう。舞踏会に興味はないかい。勇ましい王子との見合いの場だよ」
焦りが伝わったのか、彼女はほうきを片付けた。それから僕のフードを下ろして笑った。
「ごめんなさい、興味ないわ。でもそうね」
僕の手を取ってくるりと可憐に回ってみせ、場をあとにした。
「それよりあなたとお茶がしたい」

結局、森へ帰ってからも彼女のことばかり考えていて、リスの毛づくろいを疎かにして怒られてしまった。
「珍しいね、君がぼんやりしているなんて。昼間は森にいなかったし、何かあったの?」
僕は王子のことがバレてはいけないと考えて、何でもないよ、と答えた。

それから毎日、飽きてしまうのではないかというほど彼女の下へ行って、店の中でお茶をした。
気の強い姉と厳しい母親は昼間はいないらしく、僕のような者でも静かに過ごすことができた。

楽しくてすっかり忘れていたけれど、その日は彼女に会える最後の日。
つまり舞踏会の夜だった。
「舞踏会に興味がないと言っていたけれど、僕は君をお城へ連れて行く使命があるんだよ」
「ええ、知っているわ」
僕の魔法で、窓の外がキラキラと光出した。
「この美味しいケーキも綺麗な景色も、全部お城に行けばいくらでも手に入る」
「……そうね」
「だから舞踏会に行って。僕は魔法使いなんだ」
ふかふかのソファが敷き詰められた大きなかぼちゃの馬車、細身ながら優しい笑顔を携えたネズミの馭者。最後に彼女へ魔法をかけたら、僕の役目は終わりだ。
「さあ、外に立って。今ならまだ間に合う。美しい君をさらに引き立てる衣装を贈ろう」
彼女は僕の言う通り、扉の前に立った。
僕はケーキのクリームが付いた口元を拭って、彼女に魔法をかけた。今までで一番綺麗なものを想像して、大好きな声を振り払って。
現れた青いドレスは彼女の身を包んだ。
さらに滑らかな髪を王冠のような装飾で整え、透き通ったガラスの靴が台座越しに僕の手へ乗せられた。
「これを履いて。これなら王子も君が特別な存在だと気づく筈さ」
「―あなたはそれでいいの?」
きっと彼女は僕の気持ちを見透かしているのだ。でも僕は、君を幸せにするためにつくられたから。
「―もちろん。魔法が解ける夜中十二時には必ず帰ってきなさい……二度と会うことはない、さようなら! 美しき少女」
無理に笑った僕の顔はさぞ醜いであろう。
もう夢を見るのはお終いだ。

彼女をお城に送って、残っていたケーキを片手に森へ帰ろうとした。
だがどうしてもその場を離れることができない。
なぜか彼女の顔が、声が、先程の後ろ姿が頭から離れない。
彼女にも言った通り、僕は二度と彼女に会うことが許されない野獣なのだ。
ここにいるのは、彼女に気に入られた背の高い凛々しい魔法使いではない。ただの、呪われた醜く恐ろしい、野獣なのだ。
そう理解した途端、不思議と涙が流れた。
王子に殺されそうになったときより、森のみんながいなくなってしまうと思ったときより、他の美しい少女たちに罵られたときより、ひとりのときより。
ずっとずっと、悲しかった。

そのとき、遠くでお城の鐘が鳴るのが聞こえた。
十二時だ。魔法が解ける時。彼女は上手くいっただろうか―。

僕の魔法も消えていく。鼓動のように静かに。
彼女に会えない、それだけが僕を苦しめた。その声は鐘の音よりも大きくその場を震わせた。

「何を泣いているの、泣き虫さんね」
元の姿に戻った瞬間、後ろから声がした。
驚いて振り向くと、彼女が笑いながら立っていた。
息を切らせて、裸足で、ドレスもツギハギだらけのワンピースになって。
片手にはひび割れた、消えかけのガラスの靴が……魔法は解けた筈なのに。

「あなたに履かせてほしい、なんて我儘かしら」
「どうして、王子は」「あら、あんな虚勢だらけで話のつまらない男、こっちから願い下げよ。あなたの方がよっぽど物知りで素敵」
「笑えない冗談はやめてくれ。君のために僕は魔法を」「魔法をかけてもらったことには感謝しているわ。だって夜空のようなドレスを着て、誰にも負けないくらい輝きながら舞踏会を見学できたんですもの」
「僕の見た目が全然」「気にならなかったわ。いつもの優しいあなたのままよ」
彼女はもう一度ガラスの靴を差し出して「私はシンデレラ。あなた、お名前は?」と微笑んだ。

ガラスの靴を履いた彼女は、それはそれは美しかった。
でもそれを思っていたのは僕だけではなかったらしい。王子の家来たちが大慌てで彼女を探し回っている様子が見えた。
「あの人たち、もう来たの? 私、足の速さは負けないと思っていたのだけれど」
「そんな悠長なこと言っている場合じゃないよ。もう魔法はしばらく使えないし、ええと……し、失礼!」
僕は彼女を抱えて見つからないよう、走った。戻ってきた彼女同様に息を切らせて、森へと一目散に。
これからどうしよう。きっと王子は僕を探しに死に物狂いで森へ来ることだろう。
彼女は楽しそうに笑っているが、それどころではない。

森へ戻ると、動物たちは僕が人間を連れてきたことに驚きながらも迎え入れてくれた。
そして行く先に困っていることを相談すると「とっても遠いけれど、この森よりずっと向こうにある国に、誰も住んでいない家があるから、そこに行くといい。少なくともこの国の人には見つからないよ。隣国とは仲が悪いみたいだからね」と教えてくれた。熊はこの国と隣国の戦争で燃えた住処からこの森へ越してきたから、と笑った。
「そういえば大きな争いをしていると聞いたことがあるような……」「そうそう、でもあそこでは野獣狩りが流行っているらしいから、絶対に人に見つかってはいけないよ」
僕の言葉を遮って注意してくれた蛇が舌を伸ばす。
「呪われているのは君だけじゃない。くれぐれも注意するんだね」
僕らは礼を言って、隣国を目指すことにした。

「みんな大丈夫かしら」
道を歩きながら、彼女は腕を組んだ。
「私のせいでみんなが危険な目に遭うのよね」
「……そうだね。でも僕を育ててくれたみんなだから、きっと大丈夫だ―そう思いたい」
「……ええ、命がけで道を示してくれたもの。いつかちゃんとお礼がしたいわ」
「王子が僕達を忘れた頃に戻って、堂々と君の作るケーキを持っていこう。みんな喜ぶよ」
「ふふ、いい案ね」

そんな話をしながら、夜が明けてからは僕の魔法で馬車を出した。
それにしても、それから一体何日進んだのか。途中で彼女の為に泉に寄ったり、服を見繕ったりして寄り道もしたが、ようやく例の家へたどり着いた。
古い小屋のような外観。室内の暖炉の前には何故かいくつかの血痕があった。
「乾いた血ね。いつのものかしら」
「こ、怖くないの?」
「これからここに住むんだから、こんなもの拭いてしまえばいいのよ。ほら、布を出して」
「結構魔法を気軽に使うようになったよね、君……」
「使えるものは使うべきだと思うわ。さあ、綺麗にしたから、これでもう怖くないでしょう」


彼女の言う通りにいろいろな家具や装飾を、魔法を使わずに森から調達して作るのに少し疲れてしまったが、彼女の笑顔を見られたからいいか。
そんなことを思っていると、外から彼女に呼ばれた。
出てみると、近くの砂浜から白い砂を一握り持ってきていた。
「砂時計にしたら素敵だと思わない?」
夜には消えてしまうけれど、と僕は魔法で空の砂時計を出した。
彼女はフタを開けると砂を入れた。
「これだけでは少ないから、あなたも向こうに行って一緒に作りましょう、ね?」
誰もいないのを確認して砂浜の端で砂時計に白い砂を詰め、家に戻って机に逆さにして置くと、サラサラと静かな音を立てて砂が落ちていった。
「まあ、綺麗ね」
彼女は満足そうに鼻歌を歌う。
僕も嬉しくなって、目を閉じてその歌を聞くのだった。

これは運命を捨てて愛の手を取った、僕とシンデレラの物語である。

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榎本 夜(氷月ふぃりあ)
榎本 夜(氷月ふぃりあ)
Music creator & Liver
好きなものは音楽とポップコーンです。
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