月を|解説
enomotoyoru
夜を歌う
目を開けると、なぜか森の中にいた。
あの人はどこかしら。私がいないとすぐに寂しくって泣いてしまう、愛おしい人。
がらんとした森の中には、生き物の気配はしない。
辺りを見回すと、木々の間にぽつんと机があった。
近くには椅子が二脚。
紅茶にスコーン、あの人の大好きなケーキが並んでいる。
片方の椅子に座ると、いつの間にか手にはあの白い砂時計が握られていた。
ふとここで彼を待たなくてはいけない気がした。
紅茶を一口飲むと、あの人が不器用に大きな手で育ててくれたハーブティーの味がする。
用意された向こうの椅子には、空気が座っている。
本来ならば、彼が笑顔で座っている場所。
寂しい一瞬は、お店にいた頃の真夜中みたい。
―なんだか嫌だわ。
「君はミルクを入れないの?」と彼の声が聞こえた気がした。
もうきっと、会えないのね。
それでも、ずっとここで待っているから。
あなたが心細くて泣いてしまわないように、私がここにいると分かるように。
お揃いの白い砂時計を机に飾って、あの子守唄を歌って。
ああ、それでもやっぱりこの一時は、どうしても好きになれないと思うわ。